2012年8月29日水曜日

地元の候補者

借家の前でステテコ姿で佇んでいると、町内会の役員らしい男性が自転車で現れた。渡されたのが岡山市の広報誌。
話はもう逸れるけど、ステテコがこんなに快適な履き物?だとは人生60余年初めて知った。下着ではないし、かといってかたくるしい外出着でもない。さすがにコンビニにはこれで行ったことないけれどそれは可能だろう。どう考えてもパンツでは不可だろう。宅配便を受け取る時パンツ姿では気が引けるがステテコならば可だろう。そんなわけで?早朝のゴミステーションへはステテコで往復している。涼しいという効用もさることながら、この微妙な中途半端さもまたいい。
話をもどして、受け取った広報誌を見れば、なんだか見たような表紙だ。家にとって返して確かめると同じものがすでに在る。二重に配られたのかと思った。けどしばらくして、在ったものは焼けた家のポストから持ってきたものだと気づいた。
こうしてみると、思わず知らずのうちに、複数の町内会に所属する事はあることなのだな、と考えていたら、その昔に聞いたことを思い出した。ホントかウソか報告してみよう。
さる有力市会議員は選挙の時、市内のどこに行っても、「ご町内のみなさま、地元の候補者〇〇〇でございます」連呼するというのだ。「何処でも地元」は誇大広告ではなかろうか。しかし、それで悠々と上位当選をする。何故なのか?事情通によれば、彼の連呼はまんざら「ウソ」ではないらしい。議員は市内のいろんなところに妾宅を持っていて、つまり「地元」がいたるところに在るのだ。というのが事情通の解説である。
選挙が近いようだ。候補者が「地元の」と連呼するかどうか、そのココロはどこにあるか、心して聞くべし。
それはそれとして、つれあいは、「犬を飼うことは、愛人の世話をするよりも『大変』なんだそうだよ」と私に言う。このフリ(振り)は続けて「あんたは、5匹じゃからなー、ハーレムじゃなー」という事を言いたいが為だ。この悲惨なハーレムについてはまた書ければ書きたい。

2012年8月27日月曜日

セーフティーネット

このあいだからわたしは保険金のことを盛んに書いている。この御仁は、わずかなそれでも、手に入れたのがよほど嬉しかったと見える。
つれあいとしみじみ話したことだ。「これは公(おおやけ)のセイフテーィネットではないけれど、でも助かるよなー」と。
思わぬ事で困窮した者には「セイフティーネット」は必要なのである。

それはそうと、何時のころからか私を尊重することを止めたつれあいは「あんたは保険の事を馬鹿にしていたくせに」と言う。挑戦的だなこういう言い方は。でも、反論の余地はほとんどない。それにしても、保険おたく?の彼女は、どうやら、家だけでなく、私の命にも保険を掛けているらしいのだ。そんなに「頼りない」かね私は。

2012年8月26日日曜日

メカ好き・乗り物好きには堪らない記事

メカ好き・乗り物好きにとって、アメリカ軍が日本に持ち込んだ輸送機「オスプレイ」は興味深い乗物だ。ところが「こいつは危ないぞ」と言われて、防衛大臣だったかアメリカまで行って早速試乗した。「危なくない」が彼の感想だった。これを聞いて、その昔、腸管出血性大腸菌、「O157」騒ぎの時、当時の大臣「管」氏がカイワレをテレビカメラの前で食べてみせた事を思い出したことだ。彼らには気の毒だけれど、事の本質はそんなところにはないのである。
飛ぶにしろ、地上に戻るにせよ、長い滑走路を「飛行機」は必要としてきた。一方、「ヘリコプター」は校庭の広さががあればどこでも着陸できるし飛び上がることができる。
そんな美女と野獣が一緒になりました。というのであるから「いったいどうなってんの?」とテレビレポターみたいに興味津々なのも解ってもらえるのではなかろうか。
さて、「しんぶん赤旗」のスクープ?記事であるが、これの詳細はリンクに譲るとして、記事の肝は「オスプレイの回転翼の大きさは、艦船上で運用する必要に規定されてヘリコプターのそれよりも小さくなっている。 オスプレイの回転翼の羽根のねじれは、ヘリモードでのホバリングと固定翼モードでのプロペラ飛行の両方を可能にするための妥協として設計された」ということだろう。
つまり、車にたとえれば、駐車場に合わせて、車体を切り取ってしまったようなものなのである。
それはそれとして。
この記事の指摘することが正しいのであれば、「オスプレイ」設計技術を安全の方向に振れば我々の夢の乗り物も可能ではなかろうかと考えた。
もっとも、わずかな火災保険金を手に「ナンダカ金持ち気分」の私ではオスプレイのタイヤすらも買えはしないだろうが。
それはそうと、オスプレイ。タイヤは付いていたっけ。

電力?あえて電気と呼ぼう

火事で、ガスも水道も失って、電線も焼いて電気を失って。どうしたか、まず懐中電灯を手に入れた。それを鴨居に吊るして数日を過ごした。まずもって電気が無ければ不自由なのは我々の「現代生活」なのだ。
体を動かす度に、焦げ臭いにおいがした数日を過ごした後、電気を回復した。「おお明かりが点いた」と感動した。
電気がなければ、不自由きわまりない。しかし、それが原発による電気でなければならぬというわけでもないのである。極私的には電気であればそれでいい。
言葉を換えれば、あり余る「電力」は必要ではない。が、しかし「電気」は必要なのである。

経済の発展のためには「原発」がいるのだというクニをあげての論調には、あえて「失われた10年=もう20年になる」この経済停滞は「原発がらみだったんですか」と問いたい。

海抜45m

わずかな保険金を手に入れた。現代生活に欠かせぬ?「ポータブルナビ」を手に入れた。この借家は海抜45mとナビは告げる。焼けた家は海抜0mに近かった。(高潮で家の床下まで潮が来た事はしばしばだ。)その家から河をさかのぼること10kmでこの値だ。沖積平野はこんなものかしら。

それにしても、つれあいの里の県北に行く道すがらは、河岸に深い谷を見、高い崖がそびえる。それらを満たしていた土がこの海抜45mを創ったのかと思ったことだ。

2012年8月22日水曜日

ご注文の本が

火事騒ぎですっかり忘れていたけど、公民館に頼んでいた本が来た。注文したのは火事の前だから、四つ角で不意に昔の自分に会ったような気分だ。
拾い読みしてみた。

「マチンガは、わたしがすっかり仲間になったと感じるたびに、わたしのの心をくじいた。マチンガは、口約束のみで、後に代金を支払ってもらう約束でわたしが前渡した古着を何度も持ち逃げし、しばらくするとしれっとした顔で戻ってきた。マチンガは何度も嘘をついてわたしからカネをかすめ取り、鞄に鍵をかけることをすっかり諦めさせた。」

「彼ら言葉はいっけん矛盾だらけに思えた。」

「たとえば、交渉中に何かを思いついた小売商の目がキラリと光る瞬間。すました顔で「たかり」をやり過ごしていた中間卸売商の口元がニヤリと持ち上がる瞬間。警官を発見し、荷物をひっつかんで逃げる真剣な横顔にどこか楽しげな笑みが浮かぶ瞬間。消費者に商品を売りつけて振り返った行商人の茶目っけたっぷりな顔・・・・。わたしはこのような彼らの表情や態度にみられる軽やかな生命力に、心底、魅了されてしまったのだ。」

この本は民族学の論文なんだけれど、この語り口に惹かれた。読んでみようと思っている。

簡単に選り分けて、分析して、結論を得て、解決。そんな事柄に出会ったことは少なくとも私にはない。(大阪の彼には出来るみたいだが)


一皮めくれば

先に書いておいたことだけど、片側二車線の豪華な道の傍らに住んでいる。慣れつつあるが、大型のトラックがスピードを上げて走り抜けると家はグラグラと揺れる。平らなように見える道だけれども、微(かす)かな段差やうねりがあるらしい。アスファルトの下は田圃だったんだろうから、畔(あぜ)や水路が隠れていて道が不均等沈下をしているものらしい。

今朝の事だが、歩いて300歩離れた「ゴミステーション」に生ごみを持参した。ゴミステーション脇に田圃が残っていてその上だけ、朝5時のまだ暗い空間をツバメ達が盛んに飛び交っている。田圃に生息する虫を捕獲しているものらしい。子育ての最中なんだろう。子育て中はどの親も忙しい。
また300歩の帰り道を歩いていると、後ろから、スズメの群れが石つぶてのごとくに追い越して行った。彼らは体型からしてツバメのように、「ヒラリヒラリ」とはゆかないものなんだと感心?した。稲の穂が出始めるのはまだ10日ほど先の事だから、もう少しの辛抱だ。
そういう目でみれば、傍らのガソリンスタンドの屋根ではカラスが歩哨のようにあたりを睥睨(へいげい)している。
一皮めくれば、古層の上にこの町は在るのである。

2012年8月12日日曜日

コンビニまで80歩

簡単なノートパソコンを手に入れた。それにモバイル?だったかUSBの親方みたいなものを付けて
深夜これを書いている。耳を澄ませばカエルが鳴いている。少し前まで、ここらあたりは一面の田圃だったんだろう、しかし田圃は大きな看板の下に肩身狭く残るのみだ。
転がり込んだのは、片道二車線の豪華?な車道の傍らの借家。見渡せば、いや見渡さなくてもコンビニ・ホカホカ弁当屋・ラーメン屋・食い放題焼肉・ガソリンスタンドなどが車道の両脇にひしめいている。

コンビニの駐車場で見つけた付近の案内図。どうしてなのか西が上だ

コンビニまでの歩数を数えたら80。「焼肉食いてー」と思えば200も歩けばいい。

どうもモバイルのせいなのかパソコンが安定していない、先ほどから書くのを「中止しろ」とパソコンがウルサイのでここらで止める。

さて、一日経った。モバイルのご機嫌は如何か?続けてみよう。
焼けた家はすっかり片付けた。点々と足跡の付いた跡地はまるで雪の後の畑みたいだ。ボンヤリながめていると

私に人生というものがあるならあなたと過ごしたあの夏の日々」という歌を思い出した。そういえば、この歌の入ったレコード盤も燃やしてしまった。「失うという事の意味」が本当に解ってくるのはこれからなんだろうか。

2012年8月6日月曜日

どこでもインターネット

ころがりこんだ借家から、10キロ程離れた知人の家に、日に一度訪れてメールを開けたり、インターネットを読んだりしている。
しかし、勝手な時間に押しかけて、クーラーをガンガン効かせてインターネットを読むのも気が引けてきた、これはやはり厚かましいのではなかろうか。
火災直後のこと、「K女史」から投稿を依頼された。「こんな具合だからなー」と断ると、「USBみたいなものがあって、それをパソコンに付ければどこでもインターネットができるよ。お金がいるけど」と教えてくれた。その時はピンと来なかったが、最近余裕ができたものか調べてみれば『モバイル』というものらしい。
早速申し込んでみた。すると料金の支払はクレジット決済でお願いしますだって。クレジットカードも燃やしてしまったんだな。それはなんとかするとして。「どこでもインターネット」面白そうだ。有線で繋がる時代は終わりつつあるのだろうか。

家はだいぶん片付いた
隣家に避難している犬は少しすね気味だがなんとかやっている