2010年9月20日月曜日

また池のこと

また水を落としに

6月半ばに田植えをした稲は10月半ばに稲刈りになりそうだ。中国山地のそれよりちょうど一ヶ月遅い。どうして遅いか?その理由はひとえに「水の供給」事情にある。その複雑なココロは以下。
1.梅雨と台風の時、雨水を溜池に補充しやすい。できれば、梅雨と田植えが重なれば、池水を使うことなくこの時期を乗り越えられる。
2.秋の水不足は米粒の出来る時期なので避けたい。
3.梅雨前に落とした水は梅雨時に補充できる。以後、ひたすら台風待ちで秋まで池水を持たせたい。今年のように、台風が来そうに無い年はちょっとシンドイ。

今年に象徴されたように、溜池の水を頼りの稲作りは、いつから池水を落とし始めるかによって田植えの時期が決まる。いやその前に籾まきを何時にするかが決まるのである。

私たちの地域では、慣例として6月の第2日曜日に田植えが出来るように、したがって、6月第1日曜日頃から水を落とす。稲の生育の出発点、籾まきは、逆算されて5月半ばの特定の日となる。

話は少しややこうしくなるがお許し願って、少し抽象化すれば、こうした、共同による水供給システムは、私が「連れション体質」と密かに名づけている。同一の行動、同一の価値観を生み出すだろう。そして、それは構成員への共通行動、共通価値の「強制」、と表裏なのである。

ほとんど例外なく、そこでは、「全員一致」が何より求められる価値であり、一方「全員一致で何を決めたか」についてはほとんど考慮されることはない。

こうして、我々の棲息する社会の「ある特有な性格」は歴史的農耕社会のこういった仕組みからもたらされたものであろうと私は考えている。パンツの中には尾てい骨がしまわれているのだ。

このことがもたらす様々の結果の良し悪しはまた別に判断するとして、まず、意識の上に「こんな様にも考えられる」と載せておくのも必要なことだろう。もしこれから先、我々が自前の民主主義を模索しようとするならば、その時のひとつの枷(カセ)として、ひとつの課題として。

さて、まだ水を落としている。これが最後になるのかどうかは、お天気次第である。水面から池堤を見上げて一枚。




さらに見上げれば秋の空。

2010年9月19日日曜日

すずめ

スズメ

夏の朝の涼しいうちに、犬どもの残飯を食いに来ていた20羽ほどの雀をこのごろ見ない。残飯のついたくちばしを樋(トイ)の縁でこすって拭うしぐさを感心して見ていたりしたのに。

夜、犬の散歩の時、つれあいにそのことを教えてやった。「見んけど、どうしたんじゃろう」と。こんなことをふたりで思案したり、推理したりするのも親睦にはいいじゃないか。夏痩せしていた家の猫どもが、近ごろふくよかになって来たのも怪しい。

つれあいは、オーなさけな、そんなことも解らないの、だから半端百姓、みたいな調子で「新米を食べに行ってるに決まってるじゃない」という。なるほど、今の稲の穂についている籾の中には、つぶになる前の乳(牛乳のようなそれ)が入っていて、くちばしでしごけば簡単に食える。いや飲める。考えたくないが消化もいいだろう。

ややあって後日、案山子の絵をとった。お役目ごくろうさんです。

雀よ来りて我が落穂を拾え

2010年9月15日水曜日

たかがひとつの

民主党の代表選挙報道にマスコミは一日を費やした。たかがひとつの政党のことで、これほどの労力を使う理由はひとつだけだろう。民主党の党首が、これからあれこれの過程をたどってこのクニの最高責任者になるというこの事実のせいだろう。
そうだとすれば、マスコミはまず最初に、この党内選挙制度の妥当性について検証すべきだった。
極端な話で恐縮だが、この党が党首を「籤(クジ)引き」で決めるとした場合。マスコミは占い師をコメンテーターとして動員し報道するのか?いや「ジャンケンで」と言われれば、どうするのか。
マスコミ報道の定見の無さに呆れている。
いずれにせよ、「民主主義」なるものが、ヒト人類の今のところの最良の政治形態であるとしても、我々は、その「とばぐち」にもたどりついていない事が露呈した日であった。

池のこと またまた

溜池のことをもう少しつづけて

池の排水システムを説明してみよう。当たり前のことだが溜池は水を(雨水を)溜めておく装置だ。溜めておいて必要な時にはその水を取り出す。どんな仕方で?

ここでは、風呂釜を想定してみよう、あなたが「風呂の水を抜いておいて」と頼まれたらどうするか、洗面器で汲み出すことはあるまい、底に仕掛けてある栓を引き抜くだろう、栓には鎖が付いているから、手を濡らすことなく出来るだろう。これが無くて毎回洗面器で汲みだす事となれば「なんでわしがせにゃあいけんのなら」とあなたはおかんむりだろう。

池も同じ、底に穴が開いていて栓を抜けばきれいに全部排水する。

さて、池は風呂と違っていちどきに全部抜けては困る。そこでヒトがコントロールしながら必要な水を取り出すにはどうするか、池底の穴に仕掛けをしておく。

この仕掛け、私の知る限りでは、ふたつの方法がある。

ひとつは、「バルブ」。丸い穴とスライドする蓋(ふた)で出来ている。動作のイメージは少量の排水時には三日月の形の穴から、水量を増やすにつれて、半月、満月となる。このやり方では、必要なだけ水を抜けば、バルブを閉め新月の状態にする必要がある。私の知る「バルブ」は金属製である。

もうひとつは「ハチノコ」。筒状のものの一方を、池底の穴に接続し、一方は水面に出しておく。この状態では、つまり、大気は池底まで貫いているということだ。さて、水を抜くにはどうするか。筒の先を水面下に沈めればいい。実際には筒状のものに一定間隔で穴を開けておき、それに栓をしている。水を抜くには水面に近い穴の栓を抜くのである。池の水は、その穴のところまで排水されそこで自動的に止まる。付け足せば、「ハチノコ」という名前の由来は、今のところ私にはわからない。

このふたつの仕掛け、それぞれ一長一短がある。それを述べれば、使い勝手はどうか、耐久性はどうか、ということになろうが、このくらいでおしまいとする。
溜池が選れて人工のシステムであることを、お解かりいただけたかと思う。小なりといえど、琵琶湖とは違うのである。

2010年9月14日火曜日

おこりビト

パソコン箱の調子がいまひとつだ。詰め込んでいるせいなのかと思い、古いものを捨てることにした。捨てる前に一つ載せて見よう。ちょうど1年前の事だったらしい。

『おこりビト
未見であるが。映画「おくりびと」は評判がいいらしい。ついでに、「おこりビト」について聞いてもらいたい。
年なのか、待たされるのが我慢ならない。このあいだ、つれあいにさんざん待たされた。待たせたあげくカエルの面をしている。だから、人の道なるものを教えることとした。おもむろに「人生とは」と言ってやった。「死ぬまでの時間を、退屈に任せているようなものだ。自分のための退屈はしょうがない、けれども。人に待たされる退屈は我慢ならない。」と。加えて、こうも言ってとどめを刺した。「だから、タクシー運転手にはなれない。」

車の中で待たされていたのだ。助手席で前を向いたまま、しばらく死んだふりをしていたつれあいは、逆襲効果に充分な沈黙の後、ハンドルを持つ私に諭す口調で言う。「なれないのは運転手だけじゃ、ないんじゃない。」
言われてみれば、それもそうだ。こう金米糖のように、全身に角を生やしていたのでは、どんな仕事も続かない。挽回すべく、「あんたは、待つことが無いからいい。」と言ってやると。「私が待っているのはあんたがまともになること。」と言う。
映画「おくりびと」でも見に行くか。』

後日、「おくりびと」を拝見した。父と子の話、これは永遠のテーマだろう、それにしても、妻役の広末?嬢の健気で可愛いかったこと。

2010年9月12日日曜日

池のことをもう少し


池のことをもう少し

今日も今日とて、早朝から池水を抜きに上がった。対岸の街にはまだ灯りが残る。
この道を上がれば池堤。

ずいぶん抜いた、記憶によれば、こんなに抜いたのは、私の池守経験においては2度目か3度目。


ちなみに下に8月10日、一ヶ月前の絵

満水のときの排水口(アラテ)に立って一枚。

今度は下からアラテを見上げて一枚、いつもの水位なら私は水の下である。

見上げれば高圧送電塔の上部に朝日が当たりつつある。



山からの帰り、田を一枚。これは6月11日に載せた田のその後

以下、ちなみに6月11日の絵


米になるには今しばらく、自然の恵みの後押しと農民の労働を必要とする。

池の構造についてはわざと絵に入れないできた。これはセキリティーの心配があったからだ。そのくらい人為による影響がこの仕掛けにはある。これについては長くなりそうだ、またの機会に。

2010年9月11日土曜日

新聞を読んで

何処にいるの


百歳以上で、戸籍にありながら、不明の者が23万人いるという。行政の怠慢を憂う声も多い。それはそれとして私は、我々の棲息している社会システムのレベルはこんなものというのが感想だ。戸籍なんていいかげんだ。となれば、やれバツイチだ、やれ相続だ、やれ、身分差別だ、など余計なことで悩むこともあるまい。

それにしても、23万人といえば、行政単位の「市」とすれば小さい方ではない、少なからぬ「生きている」死者とともに、この世に存在することができる。考えてみれば、なかなかおつなクニではないか。毎日が「お盆」。
それはそうとして、この生死の境目の曖昧さは、「神」の治める国であるからなのだろうか。

2010年9月8日水曜日

新聞の運命

新聞の運命


新聞を読む習慣がないヒトが増えていると思う。なによりわが子がそうだ。聞いてみれば一切、新聞を購読していない。そのくせ、目の前にあれば読んでいるのを見るのであるけれど。

さて、今日の新聞は今日の世相をこう報じる、「教育への公的支出-OECD内-最下位」「農業人口22%減-平均年齢は65.8歳」「エコカー補助金終了」私なりに言い換えれば、以下。
「次の世代を育てる事をさぼる」、「食い物を作るのは年寄りにまかせる」、「車が安ければ買いに走る。」
これがある人物の肖像ならばこのヒトの未来は暗いだろうと思った。
この感想が当を得ているか否かは別にして。いづれにせよ、新聞を読まなければ、こんなことも思ったりはしないだろう。

2010年9月7日火曜日

病院にて

病院にて


見渡せば、平均寿命よりは若いものの、それに限りなく近い人々が溢れている。まともに難なく歩いているのは病院の職員くらいである。多勢に混じって、受付の前に座って待たされている。見れば、5メートル先を歩いて来ている彼は、受付にたどりつくまでにはあと2分はかかりそうである。

私を含めて、ここには来たくて来ているヒトは少ないだろう。と考えた。あげくに待たされている、いつまで待たされるのかわからない。そんなふうに待たされている。

忘れられているの?と不安にもなる。だが大丈夫、彼等は待たせる専門家だから、忘れていることはまずない。(忘れるようでは専門家にはなれない)。

鉄道などでは、待たされたあげくに暴力を振るう輩が横行しているらしいが、ここでそれが無いのは、やはり病気のなせるわざなのだろうか。とここまで考えて。受付を見れば老老カップルがならんで、カウンター越しに職員と話をしている。傍らには車椅子。さてどちらが座るのかと見ていると、老女子が座り、老男子が押して去った。ちょっとした気の迷いで一緒になったとはいえ、なれの果てがこれなのも悪くない。と考えた。

人生の縮図が展開されている場所といえば、雑然とした病院の待合廊下は、駅のプラットホームに似ているのかも知れない。と、ここまで考えて。どうやら私は待つことの楽しみを見つけたようだと気づいた。

2010年9月5日日曜日

池のこと また

10.9.4日午前5時、


見上げれば月が。


池水を抜きにあがった。

池水はこのくらい。
ちなみに、下に8月10日の絵

抜いた回数だけ?砂地に痕が残っているのを発見する。今までさんざん池水を抜いてきたはずなのだが、これに気づいたのは初めて。まことにヒトは見たいものしか見ないし、見たいようにしか見ないものなのだ。
見上げれば50万ボルトの高圧電線がある。雨の時や湿度の高い時にはいつも「チ・チ・チ・チ」と放電しているような音をさせている。

台所の秋

秋の気配


男子厨房の孤塁を守り、日々台所に立っている。今朝方、米を研いでいると妙に水がぬるく感じられた。「秋がきた」と思ったことだ。

水道といえど、水の温度保持力(正確にはどういうのだろう)は、私に季節の移り目を知らせる。

だからというわけではないが、春には、いつまでも冷たい水に、泡立て器で米を研いだりするのだ。

ところで、みなさんは毎日の献立をどういうふうにして決めているのか。
「献立を考えるのも作るのも好き」という貴重な例は別にして、「じゃまくさい早よう何か食わせろ」は無視して。次のふたつ。
 ・作るのは苦痛じゃないけど、メニューを考えるのは苦痛。
 ・メニューを考えるのは楽しい、でも作るのは面倒だ。
これが、大半ではなかろうか。

いろんな流儀があって、なんとかゴマカシ、誤魔化し、日々をやり過ごしているのが実情じゃないだろうかと推察する。ガンバロウ。

食ってなんぼの人生だから、せめて食い物にだけは「税金」を掛けないでもらいたい。これ、無理筋の理屈でしょうか。

2010年9月2日木曜日

かわいそうな網戸

これは網戸である。それだけではなくカワイソウな網戸なのである。


家の犬猫の諍(いさかい)が網戸をこうさせた。発端は、いたいけな仔猫を庭の犬どもが食い殺したことにある。いやその前に犬の鼻先に三本ほどの筋をつけたのは猫である。爪あとから血がにじんでいた。
原因はともあれ、血を血で洗う抗争は内からの猫の攻撃、外からの犬の攻撃で網戸にかくのごときの哀れをとをとどめさせたのである。
双方、この暑気にあたったものか、今は休戦状態である。私は秋の風が吹き始めるのを待つ身であるが、あいつら、秋にはまたやるのかと気が重い。できることなら遺恨は忘れてもらいたい。

アメリカがイラクから軍を引くという。アメリカ正規軍の犠牲者数はカウントされていて、4400名という。イラクの犠牲者のカウントは11万以上である(新聞による)。

かわいそうな網戸を見ながら思ったことだ。こうしてみれば、理由のいかんにかかわらず、戦う双方の傷よりも、その戦いの被害者の傷は深く、なを、いつまでも癒えぬのものなのである。と。

2010年9月1日水曜日

会見

10.8.31.夕方の事、晩飯の仕度をすませ、テレビをつければ、話題のヒトがフラッシュを浴びている。
話の節目に「が」を連発して10分は喋っていたのではないか。数十人の記者を前に、テレビカメラも据えて。
(選挙に)出るか出ないか。それだけのことを言うのにこれだけ費やした政治家を見たのはおそらく初めてのことだ。
まさかではございますが、「出ます。出る理由は~」で始めると、客(記者)が帰ってしまうことをおそれたのか。
「簡単ではございますが、これをもって出馬の挨拶と」で締められると後ろにバッタリ倒れたところだったが、「長くなりましたが~」で終わった。
自覚はしているのだ。わかった上でのこの焦(じ)らし方。豪腕と称せられる彼の能力について私は知らないが。このクニのヒトビトはいつまでこのタイプの政治家と付き合うつもりなのだろうか。

それはそうと、テレビで「晩飯」のことを「夜ごはん」と表現するのはどうしてなのか、「ばんめし」下品ですか。

2010年8月31日火曜日

にわか雨、カミナリ、停電

カミナリが来た


様子のいい娘の言うことなら、たいていのことは「おおそうか、そうなんだ。ごもっとも」とおじさんはヘラヘラ聞いてきた。しかし、「あしたも、猛暑日になりそうです」と言う天気のおねえさんにだけは「ええかげんにせえ」と感情的になった。それほどこの夏の暑気には、切羽詰るところがあった。

ようやく、雨がカミナリとともにやって来た。風も吹いている、叩きつける雨粒に混じって舞い上がった土ぼこりの匂いがする。

パソコン箱を開け「あめが~」と打ったとたんに、「パシャ」という雷鳴を合図に電気が落ちた。

電気を使って表わす「文字」や「絵」、つまり、パソコンやテレビを取り上げられてみると「本当のこと、物や事の芯の部分は伝わらないもの」と思ったことだ。思い返してみれば、神戸の地震のとき、中心部の震度は空白だった。いや、
地震に限らず、論理と想像力だけが、ともすれば、空白である物や事の本質部分を解き明かそうとするのである。

と、ここまで考えたところで電気が回復した。さあ、チャラチャラブログに戻ろうか。

2010年8月30日月曜日

恋はゲームじゃ

「恋はゲームじゃなく」


作曲:来生たかお 作詞:来生えつこ 『マイ・ラグジュワリー・インザナイト』のさびの部分だ。次に「生きることね」とつづく。ともすれば、恋もゲームになってしまう事を戒めたもの。と年寄は聞いたが「よけいなお世話」であるか。せいぜい馬の後ろには近づかぬようにしよう。

ところで、私がなんでこの歌詞を思い出したのか、すっかり「ゲーム」と化した政界芝居を見せられているからだ。「カネ(金)ギーホール民主」は1年前にオープンしたものの、出し物はお粗末。音は外すは、歌詞は忘れるは、台詞は棒読みだは、で客はドンビキ。近頃は菅孤鳥(かんこどり)が鳴いている。「なに?客がいない!そんじゃあワシにも歌わせろ」とオーナーが言い出してテンヤワンヤの騒ぎ。

この騒ぎの本当の原因は「ひとりじゃなんにも決められない」このクニの属国体質のせいだろうと私は考えている。

さて、この「ゲーム」、どんな結末であっても「反省」は聞かされまい。と書いて、このうえなく上等の「反省」を思い出した。其れを引いて、終わりにしよう。今日も暑いのか。

『  帰 郷

柱も庭も乾いてゐる

今日は好い天気だ

    縁〈(えん)〉の下では蜘蛛の巣が

    心細さうに揺れてゐる



山では枯木も息を吐〈(つ)〉く

あゝ今日は好い天気だ

    路〈(みち)〉傍〈ばた〉の草影が

    あどけない愁〈(かなし)〉みをする



これが私の故里〈ふるさと〉だ

さやかに風も吹いてゐる

    心置なく泣かれよと

    年増婦〈としま〉の低い声もする



あゝ おまへはなにをして来たのだと……

吹き来る風が私に云ふ 』

    中原中也 1907~1937(M40~S12)詩集『山羊の歌』より

2010年8月27日金曜日

不思議なズボン

たかがズボン、されどズボン。近頃はパンツというのか?じゃあ、我が家の犬猫と私を隔てるただひとつ指標であるパンツのことはどう呼べばいいのか。


ことほどさように、コトバと物との関係はひとすじなわではないみたいである。

このズボンは、穿いている時は長ズボン、干すと半ズボン、それではと穿いてみると長ズボンになる「不思議なズボン」なのである。

ちなみに横にあるのは連れあいのズボン。こうして並べて干してあれば若い時には、股間にかかわる、いや沽券にかかわると、ずいぶんココロ傷ついたこともあるが、いまでは「イヤミ?」か!ぐらいのことである。

2010年8月25日水曜日

池のこと

池水を抜く




雨は降らない。今日は朝から池水を抜きに上がった。

排水路に水は無い


水はこのくらい。池は大きな茶碗みたいなものだから、このくらいでもあと半分あるかどうかだろう。ちなみに下に8月10日の絵



抜けば涸れていた沢を水は落ちて行く。

沢音を後ろに聞きながら降りてゆけば、「稲の葉先に時をきめて昇る水玉」(永瀬清子詩集・私は地球)をみる。




ところで、どうして池水を抜きっぱなしにせず、断続して抜くのか。その理由は以下

1.ひでりがいつまでで続くかわからない

2.池の水には限りがある

3.断続排水の方が、水の消費は少ないだろう

さてこうして、三日にあげず池水を抜いている訳だが、人里では何事もなく水を待っている訳ではない。10日ほど前の夕方、百姓仲間がたむろしているところに行き合わせた。「もうワシの田には水は来た、池は止めたらどうか」とか「なんで、わしの田の水口を止めたんなら」と百姓根性丸出しの文句ばかり。皆さん私よりも歳は上だから私には好きな事をいう。稲を付けていないギャラリーもヘラヘラ笑って見ている。私の頭の後ろの方でプチンと何かが切れた音がした。「○○さん言うとくけど池を抜いとる時には、水のことはワシが判断する」、以下、理由を私は「まくしたてた」が、合理的でも、論理的でも無かったと後で考えた。全ては私の判断のしからしむる所なのであるから。私は百姓なのでいつも鎌ぐらいは持ち歩いている。そちらの方が説得したのか、その場からギャラリーはコソコソと三々五々にいなくなり、百姓仲間も不承不承に散開した。

限られたものを、平等に分配することは、そんなに簡単なことではない。池水の分配。こんな「ちっぽけな公共」でさえこのありさまである。
さて、野良に棲息するヒト人類どもにメンタマをひんむいた私の矜持とはと私に尋ねれば。
「文句があるなら、あんたがしなさい とは口が裂けても言わぬこと」その上で
「この先、雨なしで池水が枯渇し、稲の収穫に支障が出た場合、私は、まず私の田の稲を犠牲にする。そうして、そうしたことは、口外しないこと」であるようだ。

おお、コドモっぽい「ヒロイズム」だと笑わば笑え。「こうさせてもらいますから、私には、こうしてもらえますよね」みたいな野卑な論理しか、今は流通していないのではないのか。それに比べれば少しはましだろう。

2010年8月22日日曜日

盆

「盆」には先祖が帰ってくるという。さて私にとっての先祖とは、と考えてみたが、見知った数名が思い浮かぶだけで、その先はおぼろである。「盆」とはいえ、見知らぬ者どもにドヤドヤ上がり込まれても、こちらは戸惑うばかりであろう。「わしゃ~、あんたのじいさんのじいさんになる。これは嫁」と杯を差し出す赤ら顔に酒をつぎながら「そうなんですか、で、そちらの方は?」。

そんな、やくたいもないことを考えていたら、室生犀星 1889~1962年(M22~S37)の詩を思い出した。

切れ切れの記憶をもとに、インターネットで検索してみた。「好めるオモチャ」「あみがさワラジのたぐい」「おのれちちたるゆえ」を「犀星」とともに検索にかけると『靴下』が出てきた。

『 靴下


毛糸にて編める靴下をもはかせ

好めるおもちゃをも入れ

あみがさ わらぢのたぐひをもをさめ

石をもてひつぎを打ち

かくて野に出でゆかしめぬ



おのれ父たるゆゑに

野辺の送りをすべきものにあらずと

われひとり留まり

庭などをながめあるほどに

耐へがたくなり

煙草を噛みしめにけり 』

(室生犀星「忘春詩集」) 1922(T11)犀星33歳。     

年賦によれば、32歳で授かった子(溺愛したと書いてある)に33歳の時に死なれている。その時の体験をコトバにしたものらしい。

「会うは別れの始まり」であるから、残念ながら誰でもいとおしい者を失う。しかし、ここまで、簡素に鮮明に、記録したものをあまり知らない。

「をも」の連発の仕掛けは、文(文章)は初めの一行目から順番に読み進めてゆくという法則を巧みに操っていると感心する。「石をもてひつぎを打」つ空しい音が聞こえてくるようではないか。90年前の事だ、今は見かけなくなった縁側のある家での情景を想像した。

しかし、何より、私がこの詩をいつまでも忘れられずにいる理由はそんなことだけじゃないだろう。ここには、近代になって初めて表現しえたところの精神のかたち(ある意味で雄雄しいそれ)があるからではないだろうか。
付記。たとえば、宮沢賢治「永訣の朝」と読み比べてみてください。かたや信者としての別れ、かたや宗教を媒介とせずに、いとおしいものとの別れのかたち。

2010年8月20日金曜日

インターネットに考

今日も今日とて、暑気(35℃を越えていたらしい)にもかかわらず、池水を抜きに上がった。暑いのでそんな事をスルのは御免こうむりたいのである。しかし、暑気=雨なし=水不足=溜池の水が要る。の等式は「さあ、サア、さぁ~、サァ~~、抜いてもらいましょう」とメンタマをむいて迫って来るのである。

それはそれとて、夕方5時の野良で、巨大な入道雲を北の空に見た。あれの下はさぞかしの雨と思ったことだ。視界いっぱいに広がるそれは今にも雨をもたらしそうでもある。さてもさても、彼の地は何処ならんと、家のパソコン箱を開け、雨雲レーダーを見れば。80kmかなたの中国山地の盆地の上の事であった。

インタ~ネットを覗きだして1年余り、この者は商品説明と世間話が得意なだけのもの。とタカヲククリつつあったが蒙を啓することもあることを知った。

2010年8月17日火曜日

10.8.16のメモ

どうにもこうにも、暑いから家に籠ってエアコンの風に浸って居る。風車のごとくに、やたらにクルクル回る電気料金メーターを見るとめまい(眩暈)がするのは、猛暑のせいなのだろうか。


たしか去る5月には。なに~?!。「暑い?」「かかって来い!」と言っていたはづなのだが。「ヤメテトメテ、やめてとめて」と暑気から逃げまわっている。

弱音を吐くまでもなく、つれあいはこう言い放った。「あんたは、自分にアマイ」。

2010年8月11日水曜日

池水を落としに また

      昨日の事だ池水を抜きに上がった。




この道を上がれば池堤
水はこのくらい。もう10年も前の事になるが水質検査をした。保険所によれば、沸かせば飲めるということだった 。
ザーという音とともに谷に落ちて行く。

眼下の谷をくだり、海までの田や畑を養う。





2010年8月7日土曜日

池水を落としに

溜池の水を抜きにあがった。池堤よりの画像。記録を見れば8月4日4時47分とある。対岸の街の灯りはまだはっきり見えている。
水は満杯である。この先、雨がなければ、この水で眼下の田や畑を養う。
この池に行くには、歩いて登る細い道しか無い。先人はユンボもブルトーザーもない時代にこれを造った。

8.7の完璧な日記

8月7日、本日は頭上から押し付けるような熱気がなかったようで楽だった。ちなみに最高気温は32℃であったそうだ。この気温を「楽」と感じるのは、いつのまにか暑気に体が慣らされていたのだろう。ヒトの適応力おそるべし。

「たとえば」と考えた。この適応力は「貧困」「消費税」「失業」「戦争」においても有効に働くはずだろうと。

『1945年8月6日の朝
  一瞬にして死んだ25万人の人すべて
   いま在る
   あなたの如く 私の如く
   やすらかに 美しく 油断していた。』
    石垣りん詩集 『挨拶(原爆の写真によせて)』部分 思潮社版16ページより。

2010年8月6日金曜日

雉のこと

カルガモよろしく子供を引き連れて散歩?している雉(メス?)に出会った、何処で、畑で。サトイモの葉陰に草に隠れていたので近くに行くまで気づかなかったのだ(互いに?)。キジが以前から山に棲息しているのは知っていたが、人家のすぐ近くまで降りて来て、おまけに子育てを始めていたとは。
畑といえば、今年のトウモロコシは、例年どうりの防御をしていたのに、網を食い破ったキツネ?にほとんどを食われた。半分齧って放ってある美味そうなそれを見た家の者は「キレイに食べりゃー、ええのに!」と御機嫌ななめである。「おう(会う)たらそうゆう(言う)とく」と、とりなしたものの、今だキツネにはお目にかかっていない。(目撃談はあれこれ聞いた。かわいいコドモを連れていたとか、いや私が見たのは一匹だけだったとか)
見慣れぬ、野生動物を身近に観察できることは、楽しく愉快なことではある。しかし、それだけでは済まない深刻な地すべり的変化が野良にも起こりつつあるのだろう。
私の集落では、ここ10年で稲をつける(栽培する)百姓は半分になった。
このことは、ファミリーレストランが半減したとか、コンビニに街の雑貨屋が駆逐されたとか、とは違った意味合いがあると私は思う。

2010年7月16日金曜日

感想

雨


もう数日、雨に降り込められている。

幅10メートルもない近くの川は轟きを挙げて流れているだろう。

大気の循環の猛々しさに比べれば、ヒトのしでかす事などチッチャイものと思ったことだ。

窓から絵を撮った。


もともと蓄えの少ない私の下着は底を着きつつある。

もっとも、天気におかまい無く、ヒトのフンドシを当てにして相撲を取ろうとしているこのクニよりは私の方がマシだろう。

2010年6月11日金曜日

稲のことで絵を

お気に入りの絵
「水引」という役目をしているので、池の水を抜きに上がった。山から下りて仕留めた一枚。手前に水口があり、そこから田に水が入っている。時は朝5時前、向こうの山に隠れている太陽は、数分後には顔を出して、この角度からこの絵は撮れない。この田では、この後、畦塗り(アゼヲトルと言っている)をして、シロを掻いて、田植えをする。

2010年5月24日月曜日

畑から



それからのネギ坊主



雨上がり、西からのつよい風。山を見れば、木の葉の作る模様が変わる。


2010年5月19日水曜日

ブログの孤独 

もう書く事はない


ネギ坊主には虫たちが寄らなくなった。花が終わったせいだろう。「華がある」という慣用句がある、こうしてみれば、花の咲いているときにしか、ヒトも虫も集らないのだ。それでいい。

もう書く事は無い。そう思っている。今までのやり方で、今までの発想で書く事柄は無い。

50数年生きて来ていると、「何も無い」の向こうに新たな何かが有る事は薄々わかる。解るが、それが何者かは解らない。それを手探りで探る外、さし渡りすることはない。

2010年5月17日月曜日

ブログの孤独 つづく


畑に行ってみると鳥たちがすっかり片付けていた。
ヒトが食おうが鳥が食おうがサクランボにとっては何の違いもないのだろう。
しかしながら、私にしてみれば、命の循環に加えてもらえなかった悔しさ?(寂しさ)はある。


私はブログのファンだが、思うにこれは、文化祭、学習発表会の様相を呈している。隅のほうで、天文クラブが相も変らぬ展示をしていたりする、この張り紙は去年の使いまわしみたいだ。一方、人気のコーナーは生徒会長、スポーツ選手の主張や成績。噂のあの娘の展示を覗いてみようかしら。


みんな、他人の話を聞くよりも自分の事を喋るのに夢中なのだ。そんな世情。これも、民主主義のひとつの表現?ともあれ、ブログを続けよう。

この数日、稲を付ける準備をしている。

2010年5月8日土曜日

ブログの孤独 つづく

畑にて
水遣りをした。

葱坊主の絵。いつも虫が集っている。絵には取れなかったが蝶も来ていた。最初に絵を撮ったのは3月26日だった、正直、ねぎ坊主の成長がこんなに変化に富んでいるとは思わなかったし、この花とも言えぬ花を虫がこんなに好んでいるとも思わなかった。観察してみるものだ。


下は3月26日の絵

サクランボ。まだ鳥は来ないみたいだ。遠くからでは、実はまだ定かには見えない。



2010年5月7日金曜日

ブログの孤独 つづく

若者のキモチ
『世情』(中島みゆき)
「世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが悲しい思いをする。
変わらないものを 何かにたとえて
その度 崩れちゃ そいつのせいにする

※シュプレイヒコールの波、通り過ぎてゆく
  変わらない夢を、流れに求めて
    時の流れを止めて、変わらない夢を
   見たがる者たちと、戦うため※

世の中はとても臆病な猫だから
他愛のない嘘をいつもついている。
包帯のような嘘を見破ることで
学者は世間を見たような気になる」

中島みゆきはいつもコトバで挑発する。
この歌詞は一番だけでいい、二番は彼女の遊びだ。

それはそうと、私は同じ時代に生まれた彼女と供に歳をとってきた。最近彼女を見たのはトンネルのなかで、ヨタヨタ歩いている図だった、互いに歳をとった。

この歌「世情」は「キンパチ先生」で使われて、そのことで解釈される向きがあるけれど、素直に読めば、デモ行進を喫茶店か何かの高みからみている者の感想だ。それでいい。彼女はいつもそういう高みから挑発してくる。

若者には、「世の中はそう出来てるのかもしれないが、でも、それじゃ~こいつがかわいそうじゃないか」と思う気持ちがあるのだ。いつの時代もそうではなかったか。中島みゆき1978年の作品。互いに30歳までにはまだ時間があった。

2010年5月3日月曜日

言葉を集めて つづく

・ 「ソウシタラ ココデ サヨウナラ」

鉄道駅とか、バスステーションで聞いたのなら、2010.4.30のメモにはしなかっただろう。立ち寄ったホームセンターの前で聞いたコトバ。初老の女のひとは、こんな言葉を使っていた。「バイジャ」みたいな言葉は使わないみたい。

出会いと別れで人生は出来ていると、ちまたにあふれる恋歌は教えるけれど、こんなに丁寧に別れたいものだ。

ブログの孤独 つづく

畑に行った。
雨の上がって、日が射せば、水遣りは毎日欠かせない。わけを考えてみれば、ひとつは、定植したばかりの根は浅いところにしかないから、もうひとつは、思いの外、この季節の太陽は強烈で地表面を乾かしてしまう事による。

絵を撮った


ネギ坊主。いつも虫が集っている。虫の名にハナムグリみたいな名のものがいるが、これは「はなもぐり」ではなろうか。


サクランボ。遠くの山の新葉は、強い西風にめくれて、白い裏を見せている。

2010年5月2日日曜日

ブログの孤独 つづく

いいわけも許されずに


やらねばならぬ事は山ほど有りながら、新聞を読んでいると、傍らの黒電話が鳴る。何事ならん、と取り上げると「ご主人様でいらっしゃいますか」と若い娘が言う。どうやら、商談らしい。「そんなもんかどうかは解らんが、そうとも言えるみたい」と、ヒネクレもんが可愛ゆく答えている。
この電話は、携帯ではないから家の中にあるものというもくろみなんだろう。「キャンペーン中です。」とそそる。「家の外壁を塗り替えませんか」と誘う。
ウーン。「ご期待に沿いたいのだけど、うちは板壁で」「?」
少し息を呑む様子がある、その後、「焼き板なんですか?」と聞く「そういうこと」。

どうやら、この商談は成立しそうにもない。

それはそうとして、この娘は、「焼き板」を知っている。エライ。