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2010年1月16日土曜日

ブログの孤独 つづく

こう寒くては、野良に出るのもためらわれる。毎年この時期にこうしてグズグズするものだから、春先にチヤラ仕事で誤魔化して、それが、秋にまでひびくことになる。と二階で、やくたいもない思案をしていると庭で「ヒヒヒ、ほら、ひひひ」と奇妙な声がする。何事ならんと階下に降りてみれば、つれあいが仔犬をつかまえて写真を撮っている。

陽だまりがあれば、冬至を一月も過ぎたこの時期の太陽は光を回復しつつあることが解るのである。そういえば、「コーツト」のじいさんは、「冬至十日もすぎれば、アホにでも解る」と言っていたな。
私も、「ホレホレ、ウグウグ」と撮ってみた。


つれあいのも一枚貰って貼り付けてみた。


2009年9月21日月曜日

言葉を集めて つづく

・ 「槌(鎚)よりも柄が重くなる」
 ツチよりもエが重くなる。 メモには、「主従の逆転の様。重さの比喩をつかって立場の入れ替わった様を表す。」とある。年月を重ねるにしたがって、子は親より、息子は親父より、妻は夫より、重くなるようなのだ。

2009年9月7日月曜日

言葉を集めて つづき

・ 「虻(アブ)は見えずに蚤(ノミ)が見える」
メモには、「矛盾したようすをあらわす。S氏より」とある。この項を書き始めた時には、「木を見て、森を見ず」の言い換え版である。と思っていたが、しだいに違うことに気づいた。「木を見て~」は、些細なことにこだわって、全体を見失っている、という意だろう。部分(木)は全体(森)に属す。ここには、矛盾はない。能力にもよろうが、森が見えればいいのだ。しかし、「虻は~」は、蚤を見る視力を持ちながら、それよりも大きな虻は見えていない、そんなこと有り得ない、矛盾している、おかしなことだ。という意なのだ。ここには、虻は見えているのに、見えないと言い張っているに違いない、という意もあるだろう。
ことわざ(諺)は、これまで「人生の知恵の表現」「処世のための教訓」である。と言われて来たが、私は、矛盾を鋭く指摘し、視覚化する役割があるのだ、と考えた。この世は、横槍、強欲、理不尽な支配、無理偏にげんこつの教え方、などなどが矛盾をまきちらしている。これら聞く耳を持たぬ矛盾の元凶に、私たちは、せめて「ことわざ」だけでもと、立ち向かってきた歴史があるのだと、思いたい。
話は変わるが、多彩な方言の使い手は、また豊かな諺の持ち主でもある(あった)。とこれを書きながら気づいた。

2009年9月5日土曜日

言葉を集めて つづく

・ 「何ができょうるんで」・「ちんばは宵から」
百姓が野良着姿で会えば、こう挨拶する。なにをしているの、何をしようとしているの、の意。これは、百姓仕事が(ジャズの演奏の様に)多様で変化に富んでいるからなのだ。トヨタの工場の前で「なにができょうるんで」と聞けば、叱られるだろう。Mさんは、家の裏口出たところの私に、そう聞く。「そろそろ、蒔きものをせにゃあ、と思うとる」と答えると、「ちんばは宵からじゃ。」と言う。時刻は日暮れ前なのだ。後姿を見ると別に足を引いてるわけではない。この言葉は、歳をひろって、あちこちが痛くなりあまり働けなくなった者は、野良に出るのも夕方になってからなのである。という意。
ちなみに、つれあいは百姓の子であった。農繁期の働き方を聞けば、朝飯前に家近くでひと働きして、それから朝飯、遠くで仕事をする時には、おやつと弁当をもって、10時におやつ、昼に弁当、それから3時におやつ、帰宅して晩飯。であったそうだ。5度の栄養補給は、そうでなければ体がもたない、過酷な労働を物語っているだろう。私はそれを支えていた、価値意識に今は興味を持っている。

2009年9月2日水曜日

言葉を集めて つづく

・ 「銭は暗闇にはおらん」
ことわざ。「お金をかければ、それなりの物やサービスが手に入る」という意味。諺辞典には「安物買いの銭失い」がある。このふたつは同じようだがどこか違う、「安物買い~」は戒めが強いのだ。いや、それだけといってもいい。一方、「銭は~」は、共感や教訓を含んでいるのだ。「銭は暗闇にはおらんので」「銭は暗闇にはおらんかったな」としてみれば明らかだろう。比喩の「暗闇」が効いている。この諺をもって、お金は昔から闇に潜ることを好むものである。とするのは穿ち過ぎだろうか。

2009年8月28日金曜日

言葉を集めて つづき

・ 「木に餅がなるように」
道理に反する。無理である。どうせ諭されるのなら「木に餅が生るようなことを言うな」と諭されたいものだ。比喩がシュールでいきいきしているではないか。

2009年8月25日火曜日

言葉を集めて つづき

・ 「ヤカニャアナオラン」
焼かなゃあ直らん。このあたりではいつ頃から火葬になったのか、子供の頃にはすでに村の火葬場で焼いていた。ほどなくして、市のそれで焼くようになった。今は昔のはなしである。死ぬまで直らないという意。他人事ではない、この私の悪癖もヤカニャアナオランのであろう。ちなみに、つれあいの育った所では、最近まで土葬だった。もう少し記せば、土葬にも、座棺、寝棺、とふたとうりの埋葬方法の違いがある。私はそのどちらをも体験した。義理の祖父、義理の叔父の時のことだ。