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2012年1月19日木曜日

ケーコートー

ケーコートー

反応の鈍いドンクサイ人物をこう表現していた。今では滅多に聞かなくなった。
台所の蛍光灯がチカチカし始めた。寿命が来たらしい。家の中で一番長く点いているのがこの台所の明かりだ。この際、節電も兼ねて流行(はやり)のLEDに取り替えようと思い立った。電気屋にゆきコードとか口金とかを買い込んで付けてみた。裸電球がブラ下がっているのと同じだけれど、点けてみるとLEDの光は少々目にきつい、それでフードを付ける事にした。何かないかと家中の物を怪しげな目つきで漁った後、行き着いたのがこれ。



自慢したいのである、我が発想と工夫を。家の者どもも文句も無しにこの明かりの下で箸を使っているのだから、この家族少し変わってますな。





自慢といえば、これを見せたい、戦前(正確には戦中か)の「防空用電球」。ソケットに付けてみたらまだ生きていた、絵でもお解かりのように、真下にしか明かりが行かぬようにしてある。「防空」といっても敵アメリカの圧倒的戦力を防ぐ知恵がこれだから勝ち目は無かったと言わざるを得まい。この明かりの下でB29の不気味なプロペラ音を息を潜めて聞いていた時代はそんなに遠くはないのである。ちなみにこれが活躍していた時から8年後に私は生まれている。



2011年12月13日火曜日

お変わりありませんか

お変わりありませんか。

二年前に、中古で買った車がリコールです、と車屋さんから連絡があった。最近自力でドアミラーを替えた、あの片赤耳の車だ。
車屋に持ってゆくと、店の者が笑顔で「お変わりありませんか」と聞く。あれからの事か、「お袋は手術を受けたし、私も寄る年波には勝てなくて、あちこちにガタガ来ている。」と言いかけた時に気付いた。
「車のことなのか?」それなら、「大禍なく過ごしている」ということだろう。「調子はいいみたい」と答えれば、赤耳のドアミラーが少し赤らんだような気がした。

2011年12月6日火曜日

パソコン修理・失敗・顛末

「とるものもとりあえず」。「引越し」したわけだが、こうして、「着の身着のまま」になったといっても、「人心地」の戻ってふりかえってみれば、元の所に置き去りにした荷物が気になる。

それはそれとして、燃やされた「マザーボード」と燃やした「電源ケース」を「パソコン先生」に見せてみた。先生は「カーナビ」よりも「興味津々」みたいで「どうしたん、これかな、」と焦げ臭いマザーボードを匂ったりしている。「犯人」の電源ケースを示せばもうドライバーを手にしている。電源ケースを開けて、基盤を剥き出しにした先生は「どの線を?どこに繋いだん?」だから~と、正直に教えてあげた。すると先生は「ほれ、やっぱりなー」と上機嫌だ。
それから後のご教授を要約すれば、「電線に色を付けているのは意味がある」(ニギヤカシかとおもっていた)「それぞれの色はそれぞれのグループに属している」(へー、デモのときの旗みたいなものか)「あんたの繋いだオレンジ色の線はピンクの線の集まりのところに挿してある」(そうだけど)「ここを見てみんさい」(老眼鏡をかけて見ると基盤に3Vと書いてある)「3ボルトの集まりはオレンジ線」(そうみたいだ)「ところが、あんたの挿したオレンジは12ボルトグループ(ピンク)に挿してありゃーせんか」(確かにそうしている。ここに違いないと12Vグループの空いた穴に挿した時、私は達成感にあふれていたのだが)先生は簡単な割り算をした後「四倍の電気を送ったんじゃから燃えるわなー」とますます上機嫌だ。「なにをするかわからん」これが先生の出した結論だった。
つくづく、私には「常識」というものが欠けている。いや、この期に及んで大きなことは言えないのだが、ヨーロッパの経済危機と同じで、無い財は払えない。無い知識は使いようが無い。つまり「無い袖は振れない」のである。
燃やした電源は更正の余地があるか、燃やされたマザーボードは治療の可能性があるか、パソコン先生に託して帰宅した。
帰途、私は上機嫌だった、何故か。「まだ使えるでー」と古い年式のインクジェットプリンターを先生から貰ったからだ。インターネットで「ドライバー」を探して動かしてみよう。「ヨッシャー」、と懲りていないのである。


2011年8月10日水曜日

今年も池水を

今年も池水を落としに溜池まで上がった。雨が多かったせいで、今年初めての水引である。
 午前5時前の東の空
池は満杯
見上げれば、50万ボルト送電塔はあいかわらず「チカチカ」いっている。高圧の電気のせいだろう。
対岸の街にはまだ街灯が点いているのが見える。かすかなその粒を捉えるために、フラッシユを止めて撮ってみた。
振りむいて、フラッシュなしでの池を撮るとこうなる。
山を下りるころになると空がずいぶん明るくなった

午前(ひるまえ)に、水路を見に行くと、(私は今年稲を付けなかったので)久しぶりに会った百姓O氏は「生きとったんか?」とヘラズノ口を利いてきた。相手は十ほども年長だけれども、「オウ、みんなに嫌われながら生きとるで」と、ため口で答えておいた。誰でも自分の田に水は欲しいけれども、てんで勝手に水を取っていては皆に行き渡らない。水引は「嫌われてなんぼ」の役目なのだ。それはそれとして、いたわられたり、褒められたりするよりも、嫌われている方が、元気が出るのは私だけではあるまい。一番いけないのは、無視されることだ。もっとも、むこうを向いている相手の前に回りこんでものを言うくらいの才覚はあるつもりだが。
さて、話は変わって。ツイッターにこう書いた。
「パソコンをいじったら、あと50回でこのソフトは使えません。と、言ってきた。エー。慌ててあれこれいじったら。あと45回で。と言ってくる。今は、ジーとしているほかないけど。これって、使ってないのと同じではなかろうか。さてどうしたものか。」
イソップのキリギリスのごとく、稲も付けず。パソコンをいじっていたら、こんなことになった。パソコン先生に相談すると、「アクティベーションですね。頑丈なカギがかかっています。ソフトは、原則は一台につき1回のインストールです。ビルゲイツに頭を下げるしかありません。」との事。あっさりしたものだ、ヒトゴトだもの。半日ほど、あれこれいじったあげく、ゲイツ氏とは和解する事が出来た。もちろん、先生の教授に従って「頭」も下げたわけだ。

2011年8月8日月曜日

ツイッターで草刈機 つづき

ツイッターで草刈機 つづき
ツイッターより
「草刈機が直った。ゴム部品を替え、スロージェットスクリューを半回転ほど戻したら、止まらずに動き出した。原因は土蜂の巣にあったわけで、それを最初に取り除いていればよかった。キャブレターをいじり、スロージェツトを締め込んだのは私のミス。ゴム部品は替えなくても?今更古いのに付け替える元気」 
ここで文字数尽きる。付け加えて。

「はない。」



部品がきた。キャブレターを組みなおした。結果はツイッターに書いたとおり。見当をつけていたように私のミスで不調を招いていた。大概のキャブレターには、メイン系(全開状態)とスロー系(少し開いた状態)を設定することができるようになっている。この実にちっこいキャブレターにもそれがあるのを見落としていた。私のミスはスロー系を閉じてしまったところにある。そのネジをほんの少し戻してやることでエンジンはアイドリングから全開までスムースに回転し始めた。ゴム部品を替える必要はなかったと思われる。これを確かめるために、もう一度バラシテ古いゴム部品を試す気力は今の私にはない。五回以上バラシテはクミを繰り返したのだもの。
教訓その壱。ミスは過程よりも発端(取っ付き)に多くある。
教訓その弐。ミスを修正する過程においてもミスは発生する。
教訓その参。ミスをすなおに認めることでしか、正解にはたどり着けない。土蜂のせいにしたり、地震のせいにしたり、しないほうがいい。

2010年11月10日水曜日

車検!合格?

軽トラの車検
を受けた。合格?した。費用(手数料・税金・強制保険など合わせて)は2.8万yen余。これ以上安く軽トラの車検証を手に入れることは出来ないものの、この価が適正か否かは私には解らない。(物の価の適正な価格は誰にも決められない)
私が、いわゆる「ユーザー車検」にコダワルのは、それが思わぬ知見を与えてくれるからだ。
例えば、この軽トラの最初の車検の時、ヘッドライトの光軸が適正値を外れていると不合格になった。プロに直してもらってアタフタと合格したが、合格の後、車検場の職員に「新車で買って、製造現場(メーカー)でこれでOKと工場から出てきた車が、どうして?」と聞けば「よくあること」と教えてもらった。つまり、製造過程(メーカー)の光軸の調整はイイカゲンが多いということ、新車は車検を受けず、3年?走るから、いいかげんな光軸の車はかなりあるだろう事。
知らなかったでしょう。これだからユーザー車検は止められない。
さて、あなたが自分で車検を受ける場合、水曜日をお勧めする。この日は、ほとんどの車屋(デーラー)がお休みの日で、車検場はたいてい空いている。
その際、これは、私が私に課したルールだが、車をイジル場合、ブレーキ関係には、触らないこと。走れない、それはいい。でも止まれないは、命にかかわる。止まる仕掛けはプロに任せよう。

2010年4月14日水曜日

ブログの孤独 つづく

バイクの電動化


車と同じに、バイクも電動化が始まっている。外国、特に中国などはこのクニよりよほど進んでいるとニュースは伝える。ところで、暴走族はどうなるのかしら。深夜、音も無しに突っ走る一団が現れるのだろうか。なんだかシュールな光景である。それじゃダメと排気音はスピーカーで、ということになるんだろうか。予測がつかない。激動の時代である。

2010年3月21日日曜日

ブログの孤独つづく

ブログの文章が鼻についてきた。絵で遊んでみよう。

草とり
百姓は土にたねを蒔き、土のうえで植物を育てることをしている。土には育てたい植物以外の植物も育つのである。百姓はえこひいきをして、育てたい植物をかわいがり、その他を雑草としていじめるのである。まことに、因果で剣呑な仕事でもある。


こんな道具を使う。大きいのが市販のもの、小さいのが私が作ったもの、柄の部分は折れた鍬の柄を使った。


冬の間に育った草は根がしっかりひろがっている。左が土をつけたまま、右は根を洗ってみた。よく見ればもう種をつけつつある。草はこれだけの量の土から栄養を得ようとしている。だから、坊ちゃん、嬢ちゃん育ちの栽培植物は負けてしまうのである。


草取り前




草取り後、これはタマネギの苗床をそのままにしていたもの、タマネギになるか試してみている。手前に手製草取りの柄が見える。


2010年1月13日水曜日

機械いじりの楽しみ つづく

機械いじりのゆくへ つづき



「事」であれば、どこまでやったものか、思い出したりしなければならぬが、「物」はやった時のままにそこにあるのである。私は半端百姓で米を作っているが、田を耕したり、田植えをしたり、稲刈りをしたり、そんな事をしたいがために百姓をやっているわけではない。ただ、自分の作った一碗の新米を食らわんがために、百姓をしている。だからいつも、誰か耕しておいてくれんかな、誰か、田植えをしといてくれんかな、稲刈りを済ませておいてくれんかな、と心の底から思うが、いつでも「物」は昨日やったところのままそこにあるのである。「ラエ」の先生が元気なときは、田圃に行ってみれば、耕してあったこともあったのだが。

さて、バラシてしまおう。


ここから、始めよう、OHVはOHCやDOHCに比べて簡単とはいえ、シリンダの上にこれだけの、しかけが載っているのである。これは、まだそれの一部でしかない。

シリンダは、まだ外していない。手前に置いているのがヘッドの部分。オーバーヘッドの形式はヘッド部分にこれだけの仕掛けを必要とする。

シリンダはこれ、このなかで燃料を燃やすことで、すべては始まるのである。むこうのピストンが心細げにしている。


ちょうど、近くにあったペットボトルを逆さに入れてみた、このくらいの大きさのものです。



これがクランク軸。これだけをみれば単気筒と変わりない。ただ、ふたつのコンロッドが付いていた形跡が残っている。クランクケースに載せて写したこのクランク軸について、もう少し書こうか、左からゆく。ここには、389ccにしては重いフライホイールが付いていた、重さを量れば5キログラム近くあった。ギヤがある、これはOHVバルブ駆動用のもの、これを1として、2の歯数の樹脂製のギヤがかまっていた。つぎにベアリングケース。それから、先ほども書いたコンロッドの付いていた軸。この軸と、ベアリングの付いている軸との差(長さ)×2がこのエンジンのピストンストローク(ピストンの往復する長さ)なのである。次に、大きなボールベアリング、その次には樹脂製の歯車、これはこのエンジンを潤滑するオイルポンプを動かしていた。そしていちばん右端にはアルミ製のプーリーが付いていた。ここから動力を取り出す。これだけである。

ヒトの社会の複雑さに比べれば、機械の構造は実にシンプルなのだ。

こころの屈折したときには、機械をバラスことをお勧めする。先人の工夫と勘違いとがそこには詰まっている。

2010年1月10日日曜日

機械いじりの楽しみ つづく

機械いじりのゆくへ


どうやら、陽の光のあるうちは、屋外で機械をいじり、飽きればコトバというパターンが、私にはあるようだ。



さて、ギヤボックスをバラシてみよう。絵の上の長い軸が車輪を回す軸である、下の短い軸は変速の必要な動力を取り出す軸である。下の軸に隠れて見えないが、エンジンからの力をこのギヤボックスに入れる軸がある。こうして書けば、もうお解かりのように、ギヤボックスの仕事はそれにつきるのである。力をつなぐか切るか、が先ず第一の仕事、次に、繋ぐとすれば、どのくらいの割合でそうするか(この場合は回転スピード)を調節する仕事が第二の仕事。それだけである。


バラシた絵、30年前に組み上げられたギヤはそのままに錆びることなくそこにある。ギヤケースはアルミ製、歯車は鉄製である、必要な軸にはベアリングがかませてある。このギアボックス設計者は全てにベアリングを使っている、このギアボックスだけを取り出せば、後百年は使えるだろう。私は夢想することがある、千年後、ギヤボックスを掘り出した考古学者がその歯車の美しさと論理構造に驚く事を。


エンジンにかかろうか。発電用コイルと点火用センサーが付いていた蓋を外すと、ふたつのギヤが現れた、このギヤの歯数は一対二である。数えて見てください。と書いて絵を見れば、少しむずかしいか。ともあれ、ベンツであれ、運搬車であれ、およそ四サイクルエンジンの基本はこれである。むろん、資本主義生産様式で作ろうが、社会主義生産様式で作ろうが、この歯数比は変わらない。
歯数の多い方の歯車は樹脂製である。シリンダーヘッドにある吸気弁、排気弁を動かすだけの力しかこれには掛からぬからそんなに丈夫でなくていい。しかし、樹脂で?とは、とこの絵を写した後外しにかかると、簡単にぼろぼろに壊れた。
ギアとギアとのかみ合わせ部分に小さくマークが打ってあるのをお気付きだろうか、この歯車は、互いに組み合う相手の歯が決まっているのである。運命の赤い糸は、私の介入によって長年の呪縛から解放された?のであろうか。



つぎにオイルパンを外した、この絵はエンジンを真下から見たものである、中央の四つのボルト部分がクランクに付いているコンロッドの部分である。予想したようにふたつのコンロッドがひとつのクランク軸に付いていた。この上下のボルトとボルトの距離が上から見たシリンダのずれの距離なのである。私は素人であるから、ここからは想像だが、V型二気筒は単気筒の変種、応用でやれるものらしい。三、四、五、六、と気筒数が増えればまた別の話になりそうだ。付け加えれば、V型2気筒を単気筒と考えれば、V4は二気筒、だしV6は三気筒、V8は四気筒、V10は五気筒、V12は六気筒なのである。自動車のエンジンにV8までは、よく使われている。そしてV10、V12はF1のエンジンによくある形式である。こうしてみれば、我々はここ100年、同じ歌の変奏を歌って来ただけ、なのではないのだろうか。

2010年1月8日金曜日

機械いじりの楽しみ つづく

さて、機械いじりを続けよう。マフラーを取り、キャブレターを外し、燃料ポンプをはずした。絵



こうしてみれば、V型という意味がよく解かるだろう。バンク角は90度であるか。

フライホイールを外すとふたつの発電用コイル、とふたつのセンサーが現れた。センサーの位相が90度になっていることに注目して下さい。これはシリンダーの位相に相応する。つまり、点火タイミングのためのセンサーだろう。大きいやつは、発電用コイル。ひとつは点火用電力にひとつはバッテリー充電用だろう。



上から見れば、V型エンジンのシリンダーはほんの少しずれている、ことが解るだろう。クランクケースの中でひとつのクランク軸にふたつのコンロッドがさばっていると考えた。


こうしてみれば、たいていの農業用エンジン、単気筒に比べて、複雑であるし、たいしてコンパクトでもない。ことに気づかれるだろう。
なぜこれを?という疑問の答えはただひとつ「作ってみたかった」だけなのだろう。私には他に思い当たらない。
1977年製造、だったか、我々は若かったし、クボタもまた若かったのだ。
余計を付け加えれば、今このクニの工業が他国に比べ、多少優位にあるとすれば、「やってみたいからやってみる」精神、(数々の失敗の歴史)が支えているのだと考える。クボタにせよ、こんなことをしていては利益は出ないだろう。しかし、それがどうした。

2010年1月7日木曜日

機械いじりの楽しみ つづく

「歌会始め」を始めたのだが、生来腰の据わらないたちで、機械イジリを始めてしまった。



表紙の絵は井関のコンバインの6本替えたベルトとひとつ、よくぞ今までもっていた、エライ。それで、今イジッテいるのは、クボタのコンバイン、「HX350 」、数年前までは現役だったが、結束機部(アルミ部品部分)が壊れて、廃品になった物を譲り受けた。なんと、これのエンジンはV型2気筒、弁機構はOHV。ガソリン仕様。つまり、ハーレーと同じなのだ、すっかりバラシて、エンジンの絵を撮った。検索すれば、クボタ製のこのエンジンは、1977年に作られたものらしい、「GN2900」がこれに付けられた名前。排気量289cc。ちなみに、ベルトを替えた井関のエンジンは単気筒SV(サイドバルブ)341ccである。この当時のコンバインは軽四の半分のエンジンで、田圃をこま鼠のように走り回っていたのだ。
悲しくも、けなげで、非力で懸命。これが我々の本来の姿ではなかったか。バラシながら、そんなことを考えた。
もう少し、付け加えてもいいか。ココロネ、のことではなくこのエンジンのことである。
キャブレターを高いところに持たざるを得ない構造上、そして、ガソリンタンクをキャブレターより上に置けない制約によりこのエンジンはフィーエルポンプ(燃料ポンプ)を持っているのである。絵では、マフラーの向こうにポンプその上にキャブレターである。(ついでに、動力取り出しのアルミ製プーリーがひとつだけなのも確認してください)
このコンバインをバラシながら、設計者が、より軽く、よりコンパクトにと腐心した様が随所に見られた。樹脂製部品、アルミ製部品の多用とか、エンジンからの動力をひとつのプーリー(これがアルミ製)に出し、それを空間度の多い、車体の反対側まで軸で運び、それを分配する構造。などなど。
こうしてみれば、電気モーターを動力とする、トウス、乾燥機、米選機、などの設計はたやすいと思えてくる。
昨今の自動車の電気モーター化は電力供給のハードルをクリヤーすれば、技術的には難しくはないのである。

2010年1月4日月曜日

機械いじりの楽しみ つづく

コンバイン3


晩秋になれば、稲田をこま鼠のように、走り回っているコンバインの歴史も、こうしてみれば最近作られたものなのだ。我々は激動の時代を生きている。流れの中にいれば気づかぬだけだ。今日の常識は明日の非常識になるし、今日の非常識はあすの常識になるやも知れぬ。その中で変わらぬものは何か、変えてはならぬものは何か、いや、変えなければならぬものは何か、をこの一連のブログでは追求しているつもりなのだが。

話を戻して。

さて、この機械を一言で表すとすれば、と半日考えて、「大道芸のひとり音楽隊」を思い付いた。前に小太鼓を下げ背中にはシンバルを背負い、頭にはラッパを載せ、口にはハモニカのあれです。チンジャラ、チンジャラ、タッタカ、ジャヤーン、プー、歩くたびに、シンバルを鳴らして。

この機械は前で稲を真っ直ぐに起し、そろえて掴んで切る。だけでなく、それを、運んで腹の部分で稲を横向きにして脱穀をする、そして落とした籾は袋かタンクに溜める。その上に、藁を、後ろに送り、切り刻んで撒く、お好みとあれば括(くく)って差し上げます。という驚くべき機械なのだ、それも移動しながら連続してそうする。あの機械の中に少なくとも三人のヒトが入っていて忙しく働いているイメージを思い浮かべてみてください。思い浮かばぬか。

ここまで書けば、前回述べた、ベルトの多さも理解していただけるか、つまり、エンジンからの力を、刈り取り部、脱穀部、切り刻み部、に送るには少なくとも三本。その上、移動のためにも、油圧ポンプ駆動のためにも、まだまだベルトはいる。では、どうしてベルトなのかについては、私なりの答えはあるが、またの機会にしよう。

この八面六臂、「ひとり音楽隊」のコンバインからみれば、百姓の使う他の道具、「草刈り機」は危ない刃物を振り回しているチンピラなだけだし、「トラクター」は図体のわりに土を掻き混ぜているだけの単細胞である。「運搬車」に至っては、「運ぶだけ?何それ!」なのである。
ここまで書くと、「田植え機」はどうなの?という声が納屋の隅から聞こえてくる。ベルトの一本も無いようなヤツが生意気な口をきくな。春まで待て。

2010年1月3日日曜日

機械いじりの楽しみ つづく

コンバイン2


次の日、二日。二日酔いを冷ましがてら、納屋にこもった。昨日バラシタ続きをバラス、元に戻せるよう慎重にやる。コツといえば、外さないで済むものは極力外さないことか。元に戻さなくてもいいのなら機械のバラシは簡単だ、コンバインなら、二台バラシタ事がある。何度も吼えながら、組み上げたのは夕方だった。試運転をしてみれば、大方は問題ないみたいである。仮締めしたままで、本締めを忘れたボルトが無ければいいのだが。

このコンバインは、井関のHL60という機種である、いつごろ作ったものか、検索してみたが、解からない、1967年に初めて国産の物を作ったとあるから、その次の世代のものだろうか。乗用式ではなく、後ろを歩きながら操作するタイプである、それの最終型かもしれない。燃料はガソリン、エンジンは紐を引いて人力で始動する。いづれにせよ、もう何台も現存していないのではないか、井関のホームページにも載っていない。

10年程前に来た時、足回りセンサーは外した、機械は弱い所から壊れてゆくが、コンバインの弱点はセンサーにある、泥や水分の中ではセンサースイッチはもたないのだ、今でもそうなのだろうか。

数えてみれば、このコンバインには全部で、12本のベルトが使われている、どうしてこうも複雑(怪奇)なのか、何故チェーンやギヤを使わないのか、それらに耐久性において圧倒的に劣るゴムベルトを使うのか。

2010年1月2日土曜日

機械いじりの楽しみ つづく

コンバイン 1

年の暮れから、正月にかけて、テレビには「気は優しくて力持ち」のいい男が入れ替わり登場していた。そうなると、どうなるか、テレビの前は女どもに席巻される事となった。こちらは、テレビの前の女どもに振り向きざまに「気は短くて、力なし」と言われる前に。正月一日から納屋にこもって、コンバインをいじっていた。

このコンバインは、「ラエ」の先生が稲作をやめた時に譲ってもらったもので、先生がしっかり使い込んでいた物だ、私の所に来ても10年になる。年の暮れ、掃除をしていたら、切れそうなヨレヨレのベルトを見つけた、他のベルトも見てみれば、まともな物は無いみたいである、計6本替える事にした。今でもそうなのか、最近のコンバインをいじった事が無いから解からないが、消耗品のベルトの交換は信じられぬほど機械の深部にあったりするのである。エンジンを下ろした方が良かろうと見当をつけて、ベルトを購入し、正月になった。そうすると、「いじりの血」がさわぐのである。まるで、「ラピュタの石」みたいに。
製造した時にしめたままの、30年近く経ったエンジンを固定しているボルトは、はたして緩むものか。
これは、論理では解決できない、気になるのであればやって見るだけだ。で正月一日からやってみることとなった。

2009年12月27日日曜日

何を食らうか つづく

「飯を炊く」


さて、毎日やっているのは、飯炊きだろう、料理の事を「飯炊きをする」「今日は飯炊き係」と言ったりするではないか。

年の瀬は、日々のメニューを考える者には、あまりの多様な食材にトマドウ季節でもある。

私は、メニユーの発想ままならぬ時は、なにはともあれ、米を洗い、飯を仕掛ける。それから昆布とイリコで出汁をとる。食わず済ませるという選択はない。

人生とは何か、生まれて生きて死ぬ。食って飲んでクソしておしまい。いろんな纏め方はあるけれど、つまるところ、おいしいものが食いたいのだ。

では、うまいものとは何か、炊きたての飯、焼きたてのパン(もしくは焙りたてのパン)を超えるものはなかろう。

さて、飯を炊いてみようか。何で炊くか、つれあいはその昔、実家で飯炊きの係だったという、以下は彼女の炊き方の証言。「羽釜に米を一升程入れ洗ったら、水は手のひらを米の表面に当てて手首の骨のポコッと出ているとこまで入れ、クド(かまど)に架けて下から薪で炊く、適当に。炊けたら下の薪はどけて、蒸らす。すると、お焦げができていて、これが楽しみだった」
他の事は忘れても、「お焦げの味」は忘れないらしい。

私は、羽釜もクドも持ち合わせてないから、鍋で炊いてみよう。鍋は少し厚手がよかろう、三合の米を洗い水は三カップ(600cc)入れて、米が水を吸った頃、火を入れる、沸騰したら、弱火にして15分で止める。適当に蒸らしておしまい。五分程か。早めに蒸気を飛ばさないとベチャッとした飯になるぞ。お焦げが欲しければ、できるまで火を入れつづければ良い。しかし、羽釜のお焦げのような上物はなかなか出来ないのはしかたない。諦めよう。羽釜とクドではないのだから。

ついでに、「茶がゆ」も作ろうか、いや、これは次回にしよう。

2009年12月26日土曜日

ブログの孤独 つづく

愚か者は何を考えるか。尻はまだ痛いものの、自転車もまた良いと思った。数日前タイヤ三本を替えた成功体験もある。止せば良いのに、ボロボロになっていたママチャリのタイヤを替えようと思い立った。22インチのタイヤを買った。片足ケンケンで替えにかかるとこれがはまらない。どうしても不可能なのだ、こんなことは有り得ない、と何度もはまっていたタイヤとはまらないタイヤを見比べた。すると、ほんの少しはまらぬタイヤのサイズの小さい事に気づいた。インタネットで検索してみれば、同じインチ表示でも自転車のリムのサイズには、数種あるとある。なるほど、タイヤ交換は諦めたが、またひとつ、明らめることができた。

それにしても、タイヤは交換部品の主要な物だろう。規格を合わせる作業は大変だろうが、それがなければ不便もまた有るだろう。自転車のタイヤを自分で替えようとする好き者は別にしても、例えば、パソコンの世界ではどうなっているのかしら。と心配になってきた。

2009年12月23日水曜日

機械いじりの楽しみ つづく

このところ、料理をしていない。料理をせずに何をしていたか、タイヤを替えていた。三本替えた。三輪車ではない、一本は運搬車の、後の二本はカブのそれである。


運搬車のは、稲刈りの時にパンクを見つけた。いくら半端百姓とはいえ、稲刈り最中にパンクを直す暇はない、空気を入れ入れ誤魔化してきた。チューブレスだから、数年前のパンク時にチューブレス用のパンク修理のゴムに接着剤を塗ってパンク穴に押し込んで直したが、それの寿命がきたらしい。水をかければ、そこからジクジク空気が漏れている。タイヤ屋さんに聞けば、そんな時にはチューブを入れて誤魔化す手もあるという、費用も三分の一くらいで済みそうだ。しかしながら「貧」とはいえコチラはコダワリ系男子、七千円を奮発してタイヤを手に入れた。見てみればF1のタイヤみたいで、そのままで立っている。さて、このタイヤのキモはホイール(これは鉄)とタイヤ(これはゴム)との密着にある。これが無ければ空気は大気に帰る。それで、やはり硬いのである、密着が蜜なのである。まるで保守政党と財界みたいに。怒鳴ったり、宥めたり、して最後は人類の知る最強の潤滑剤、水を用いてホイルからタイヤを外した。組み付けはバラシタ過程の逆をやればよろしい。水の力を借りれば簡単だ。ちなみに、サイズは16x7.00。幅16センチ、ホイール径7インチ。

カブのタイヤも替えた、これはチューブ入り、自転車から始まって、もう40年も替えに替えてきた、技術的に問題はない。しかし、マルマル一日かかった。どうしてか、タイヤではなく前ブレーキのワイヤーが錆付いて(固着して)動かぬを直していたからだ。数時間かけて、深夜におよび、ワイヤーの再生を試みたが、日付が変わり、オリオン座も頭上を越して西に傾いた頃、諦めた。翌日、千七百円を奮発して新しいワイヤーを購入した。カブのヘッドライトの部分(内部)を見たヒトはどれくらいあるかしら、これ以上は無理というほどにワイヤーや配線を詰込んでいるのだ。この間を通し終えるに何回吼えたことか。

機械いじりの楽しみは、自らの思考方法を確認できるところにある。まづ、何処が問題なのか、なぜそれを問題と思うかから始まり。次に、問題解決に至るまでの「アタリ」を付け、作業を始める。しかし、(誰の責任でもない、自らに起因する)思い込み、勘違いは作業のあらゆる段階で明らかになる、それを力技で乗り越えるか、それともからめ手から攻めてみるか。ひとつを解決れば、すぐに次の課題がそこに待っている。

さて、これで「おしまい」と見ればそこには、他人からみれば、前と変わらぬ運搬車、前と変わらぬカブがあるだけなのだが。

2009年12月16日水曜日

言葉を集めて つづく

・ 「サスノボオ」


メモには「天秤棒・モロトの木で作る」とある。おそらく、自分で作ってみたくなって、「ラエ」の先生に聞いたものだろう、モロトは大きくはならないが丈夫な木だ。凸凹の無いようにきれいに磨いて、肩に当たる部分は幅広がいいから、断面はできれば楕円にして、両端に滑り止めの突起を付けた、実にシンプルな農具。鎌、鍬、鋤、など遥かに歴史を旅してきた農具の中で、すっかり姿を消した物のひとつ。(他に「フゴ」があるがこれはまたの機会に)「サスノボオ」は物を運ぶための道具だから、水を運び、藁を運び、土を運び、石を運び、およそ人力で運べる物は何でも運ぶ、糞尿だけを運んでいたわけではない。この道具の優れているところは、ヒトの歩けるだけの巾があれば、どこででも使えること。軽四トラックが入る道がないと、百姓は出来ないなどと、ふやけたことをいう時代には、無用の物となった。さて、この道具はそれぞれの地域で、それぞれの職種で様々に呼ばれていたと想像される。『ほんにのうや』には「六尺棒」とあり、分厚い辞書には「おうご」というとある。

ここまで書いて、時代劇には登場していると気づいた。あれです。魚屋のほらあれが(ここから名前が出てこない)。

2009年12月13日日曜日

ブログの孤独 つづく

デザインのこと


これは、ソバ猪口である。世話になっている、写ってはないが酒が入っている。最初は5個程あったが、次々に割れて(落としたのはほとんど私)これだけになった。早朝に限りなく近い深夜、ネコ供も引き払い、新ためて模様をながめた。「模倣に模倣を重ねているうちに、オリジナルから遠く離れてここに至ったのであろう」と想像した。「そうとしても、思い定めて、抽象に変化しょうとする思いも無いようだ」と考えた。こうしてみれば、「日々の暮らしを彩る物、いや、我々そのもの、もこのソバ猪口みたいなものではなかろうか」、と思い至った。本当に新しいもの(オリジナルデザイン)は、100年に一度現れればいい。さて、一眠りしよう。