2010年12月7日火曜日

「よろしいか」の受難

「よろしいか」の受難
本屋に行ったついでに、少し遠くのスーパーで物を買った。いつものように、レジで「よろしいか」と一声かけて支払いをしようとすると、「なんですか?」とレジ嬢の顔の真ん中に「?」が付いている。彼女はどうやら大陸からきた人みたいだ、胸の名標を見れば画数の多い一文字である。「日本語わからない?」とつられて、大陸の抑揚で聞けば、「わかります!」とこれは島国の抑揚で正された。「よろしー?」と聞かれて、「よろしいか、はこんにちは、みたいな挨拶で、たとえば、こうしてお金を払った後は、おせわさまと言う」とやっていると、レジ嬢は、私の後に並んでいる常連客に、「タスケテ」と視線を送っている。
いつもいつも、「頼もー」みたいな関所挨拶をやっていると、忙しないグローバルの波に乗り遅れているみたいだ。しかし、あまり度外れて遅れていると、いつのまにか先頭を走っている事もあるんだぞ、トラックレースみたいに。
負けず嫌いで利発そうな娘のことだ、今度の機会にはむこうから「よろしいか」と言ってくれるに違いないとおじさんは、今から楽しみにしている。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

「よろしいか?」という挨拶は、60代の私もちょっと?? レジ嬢は、何か質問されるのかと思ったのではないでしょうか?
 私なら、「お願いします。」と声をかけるのですが…。

野良通信 さんのコメント...

コメントありがとうございます。あんなにお喋りのおばさん達でさえ無言で支払いを済ませているのを見るにつけ、「なんとかならんのか」が私のそもそもの動機でした。
正解はないでしょう。「少し変」な言葉、少しズレたイントネーション、が引き起こす感慨、はまた特別の喚起力があります。テレサテン、アグネスチャン、の歌に惹きつけられたのはそのせいです。だからといって、おじさんが関所破りのようなことばで平安を乱すのはいかがなものか。ご意見ごもっとも。