2010年11月6日土曜日

きのうほどグーグルが

昨日ほどグーグルが
話題になった事はあるまい、このクニの大半のヒトはグーグルの名前を知る事となった。(注)そのせいか、真意(これが本当の問題かもしれない)は解らないものの、グーグルを閲覧はできるが、自分のブログの投稿欄に繋がりにくくなった。結局、最後には繋がったのは、見ての通りだけれど。
私は、先日(10月22日)、インターネツトの「無償」について書いた。その事の前提にこうした、見えない統制の下にインターネットなるものが存在すること、これは忘れてはならない事だろう。だからといって、私は「無償の可能性」を否定するものではない。むしろこれは、私の憶測が当たっているとすれば、貴重な経験であろう。
社会は一夜にして変わるという、それは、変えるだけの「仕掛け」が既に用意され、機能している、場合にはじめて可能となる。
(注)グーグルへの中国漁船のビデオ流出の件、これをトップニュースとして流さなかったマスコミはなかろう。

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