2009年12月27日日曜日

何を食らうか つづく

「飯を炊く」


さて、毎日やっているのは、飯炊きだろう、料理の事を「飯炊きをする」「今日は飯炊き係」と言ったりするではないか。

年の瀬は、日々のメニューを考える者には、あまりの多様な食材にトマドウ季節でもある。

私は、メニユーの発想ままならぬ時は、なにはともあれ、米を洗い、飯を仕掛ける。それから昆布とイリコで出汁をとる。食わず済ませるという選択はない。

人生とは何か、生まれて生きて死ぬ。食って飲んでクソしておしまい。いろんな纏め方はあるけれど、つまるところ、おいしいものが食いたいのだ。

では、うまいものとは何か、炊きたての飯、焼きたてのパン(もしくは焙りたてのパン)を超えるものはなかろう。

さて、飯を炊いてみようか。何で炊くか、つれあいはその昔、実家で飯炊きの係だったという、以下は彼女の炊き方の証言。「羽釜に米を一升程入れ洗ったら、水は手のひらを米の表面に当てて手首の骨のポコッと出ているとこまで入れ、クド(かまど)に架けて下から薪で炊く、適当に。炊けたら下の薪はどけて、蒸らす。すると、お焦げができていて、これが楽しみだった」
他の事は忘れても、「お焦げの味」は忘れないらしい。

私は、羽釜もクドも持ち合わせてないから、鍋で炊いてみよう。鍋は少し厚手がよかろう、三合の米を洗い水は三カップ(600cc)入れて、米が水を吸った頃、火を入れる、沸騰したら、弱火にして15分で止める。適当に蒸らしておしまい。五分程か。早めに蒸気を飛ばさないとベチャッとした飯になるぞ。お焦げが欲しければ、できるまで火を入れつづければ良い。しかし、羽釜のお焦げのような上物はなかなか出来ないのはしかたない。諦めよう。羽釜とクドではないのだから。

ついでに、「茶がゆ」も作ろうか、いや、これは次回にしよう。

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